動物みて我がふり考えよ
男は女の影
女は男の影
重なり離れ
空に浮かぶ
浮浪雲
毎日、何を書くかを仕事中に思案してるわけではないのだが、
書くこと、書きたい事は常に浮かんではどこかに消えて、他のが浮かんでの
毎日なんだが、色事、男と女の事でまあ、まぁ飽きずに枯渇せずに出てくる
そして誰かに話せる状態ではないし、相手もいない。そんな毎日であるが
普段は普通の会社勤め人として、基本一人きりで仕事してるのである意味
通常の人達よりも思索が出来るのだろうが、反面寂しいという裏の辛い面もあり
何とも言えないのだが
今日のお題は「動物みて我がふり考えよ」なんだが
ここには、人が通常に暮らす上での過程で起る諸問題やわんさか見受けられるのである。
なんで人は浮気するのか?なんで差別があるのか?etc .と簡単に2点だけ取り上げたが
有りとあらゆるものが動物たちの生態から見て取れるのである。
もう少しわかりやすく言えば、絶滅したマンモスはどうゆう生活をしていたかを考えた時に今存在している、アフリカ象やアジア象の生態を観察して想像を付けるやり方があるのだが、それを人を単なる動物という立場に置き、似た動物である類人猿や広くは哺乳類まで広げて観察してそこからにとの生活上で起る行動を観察していくやり方である。
色事に絡めて僕は楽しみたいので、ちょっとお題とは違うが面白い話をしたいと思う。
恐竜の代名詞といえば、ステゴザウルス、トリケラトプス、そして、ティラノザウルスであろう。
ここでの主役はティラノザウルスだ。
あのでかい身体に似合わず、あの小さい手、あれで物をつかむことや何かをすることは基本できないのは誰でもわかるだろう。ではなんで退化することなく小さくても残ったのだろうか?
正解は、交尾の時にメスを愛撫するためだっただろうといわれてるだ。
これも現代に生き残る爬虫類から推測され導き出された一つの説であるのだが
その爬虫類とはニシキヘビだったかの生態、交尾の様子から導き出された説である。
ニシキヘビには手だか足が退化した爪のようなものが残っており、普段は使わずに
交尾の時だけ、活躍しメスを愛撫して交尾をするのだとか・・・
これらのように動物を観察することで人間の本能的生態とそれをなんとかする
人としての感情、思考が垣間見えてくるのだ。
今回はここまでに。
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